Taiwan Crisis

 目的地の九份にはお昼前に到着した。

 

 雑多の間を縫うようにして路地を三周程した後、僕は飛び入りで予約した中心街の近くの宿のテラスでビール片手に読書に耽っていた。

 本は例によって『旅の報酬』である。

 ジブリ映画の『千と千尋の神隠し』の舞台地とも言われた場所にも突撃し満足感に包まれながらの読書だった。

 

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 僕にとって心地良い疲労感はビールの最高の肴だ。スマホ木村弓さんの『いつも何度でも』(千と千尋の主題歌)を流し、勝手に感慨に耽る。中心街の喧騒がぼんやりと聞こえてくる。旅にはこういう時間が必要なんだ。

 

 おまけにビールは台湾名物の果物ビールである。ほろ酔いで潰れる僕もするすると飲める。美味くない筈がない。台湾に行く方には是非お勧めしたい。

 

 しばらく一人で酒を飲んでいると、中国人らしい女性に声をかけられる。年齢はそう変わらないが多分歳上だろう。年齢を聞くと思った通り21歳との事だった。彼女は広東から来たと言っていた。大人っぽくて結構綺麗な人だった。

 

        これが大陸の力か。流石だな。

 

 その後しばらく雑談をしていると一人の日本人男性が入って来た。彼は京都で警察官をしていて仕事の関係で台湾に滞在中との事だ。なんと中国語が堪能である。彼も会話に加わり英語・日本語・中国語が飛び交う不思議な空間になった。

 僕は純度100%の不純な人間なので美人と会話できるなら中国語やろうかななどと思っていた。

 言語を学ぶ動機なぞ留学や就活なんて大層な理由じゃなくてもいいだろ。その言語で自分の満足度が上がるなら最高じゃないか。

 僕は彼女に北京に行った事しか無いと伝えると広東も良い所だからオススメする、と行ってくれた。

      広東が次の有力な目的地になった瞬間だった。

 そんな調子でいると、もう夜も遅いとの事で警察の方と中国人女性は先に寝室へ戻って行った。僕は二人に挨拶をしてまた一人で飲み直す。

 しばらくして今度は年下らしき女子三人組に声をかけられる。台北に住んでる大学生で18歳。日本語を学んでいるとの事だった。どうやら先に戻った警察官が日本人がいるということを彼女たちに教えたらしい。

 再度会話が始まる。彼女達は英語も拙かったが話せた。

 もう彼女達と何を話したか、その詳細は覚えていない。ただ日本語を学んでいていつか東京に来たい、留学したいと何度か言っていた。その言葉一つ一つにやる気を通り越して執念のようなものを感じた。

 

 “いつか絶対ここを抜け出す。”

 “必ず幸せになる。”

 

 口にこそ出さなかったが彼女達の目や声にそんな感情が滲んでいた。

 彼女達の会話の中で僕が最初に感じたのは強い焦燥感だった。

    僕は将来人並みの生活も送る事ができないかもしれない…。

 

 彼女達は既に中国語を話せる。そしてそこそこ英語もできる。将来は日本語も習得するだろう。(現在もInstagramで時々やり取りをしている。)言葉の面で単純に考えても世界の数十億人とコミュニケーションが取れる。

 しかし彼女達は決してそれらを自慢するそぶりはなかった。それが普通だからだ。

 片や自分はどうか。母語の日本語は話せる。しかし英語はネイティヴ並みとはいかない。第二外国語だって習得してるわけでは無い。

 

 頭の中で少し考えてこのまま行く自分の将来の需要の低さと活躍の場の狭さに言葉を失う。

そして今までの大学でやって来たことを振り返る。

 

 自分では他の学生より真面目に授業を受けていると思っていた。でも寝るためにと楽単をとり、欠席のボーダーラインを確認してサボっていた。そんな生活で得られたものは何か。将来に役立つ資格か。人生を豊かにしてくれる経験か。果たしてそれ以外か。

 

 

 

 自分で納得し、自信をもって言えるものが

 

  何も、無い。

 

 

 高い学費を納めて一人暮らしまでして、今まで何をやってたんだ。

 悔恨の念に駆られる。

 のんべんだらりと学生生活を送ってる間に彼ら・彼女らは様々な能力を習得するだろう。その間に自分はどうすれば良いんだ。

 既にアジアを中心とする多くの外国人が日本に労働目的で滞在している。これからますます増える見通しだ。都会のコンビニやマクドナルドで外国人店員を見ない日は無い。

 正規雇用者も増えてくるだろう。その時彼らに対する自分の価値はどのくらいか。

酔った頭で考えたが既に答えは出ていた。

 

 世界の多くの国で日本人は好意的に思われ、多くの外国人が日本を目指す。でも僕が凄いわけでは全く無い。僕はただ世界有数の経済大国に生まれただけだ。

 

 旅に出て確かに分かる。日本は凄い、と。

 食品の安全性も、インフラや交通機関の状態も、行き交う人々のマナーも群を抜いてレベルが高い。シャワーの水が口に入ら無いように気を使う必要もない。日本語さえ話せれば大学院までの心配もない。

 

 その素晴らしさが僕を怠惰にさせた。良くも悪くも僕らは恵まれすぎた。

 

 これからどうすれば良いのか。自分に問うても答えは容易に出なかった。

 

 九份は夜でも温暖で心地良い。まだ少し酔いは残っていた。もう少し三人と話をしたかったが、明日は早い電車に乗らなければならない。朝が弱い僕には大変な労力だ。おやすみを言い、ビールの缶を持って椅子から立ち上がって部屋へと戻る。

 

 まだ頭は混乱していたが、これ以上悩んでも良い答えは出そうになかった。

帰国後、誰かにこの体験を話そうと持ち歩いてるメモにに書き留めて電気を消す。

 

 どうかここで得た経験が将来の役に立ちますように、そう願って眠りについた。

 

 

 

 僕が九份で聞いていた曲です。有名ですがとても静かで良い曲です!

是非聞いてみて下さい。早朝が特にオススメですよ。

 

 

 

 

いつも何度でも

いつも何度でも

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